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5/6 13:48「夜営の~」の方
お褒めに与り恐悦です! 生きる糧です。頑張って痩せます!(関係ない事いうな
ひとをみて可哀想なひとだと判ずれば、判断者は判断者のスタンダードを「可哀想な」ひとに押し付けているんじゃないのか。
ひとは自分の基準でしか他者をみていないと思うんです。もちろん常識的に、明らかに可哀想なひとには、誰から見ても可哀想なひとにはしかるべき手助けが必要です。
でもね、そのひとにとっての当たり前であることがあるひとにとっては可哀想だと映ったり、あるいは反対に羨望の的になったりすることがある。これって価値観がという色の違う色眼鏡で見てるからじゃないのか。
時としてこの勘違いは親切の押し売りになるんです。そのひとのスタンダードはそのひとの閾値にあわせて設定されている。それを無視してわたしがそのひとにわたしのスタンダードを押し付け「可哀想」などとのたまったら失礼この上ない。そのひとにだってそのひとなりの幸せがあるんだ。

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