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いつかあいまみゆるために

The Reunionest

   
2011年11月20日の記事一覧

実現しない現実 まえがき

 本稿は架空の物語であり、実在の人物、団体、法人その他とは一切関係していたら面白いけど残念ながらすべて妄☆想です。

 登場人物の疾患ないし障害と、症状は典型例を用いておりませんので、本稿を閲読される諸賢がご存じの、疾患ないし障害と、症状との関連に必然性が不整合を来す場合があります。あくまでフィクションとしてお読みくださいませ。

 また、精神医学の語で「事例性」という言葉があります。「問題性」と読み替えても差支えありません。症状があっても、すなわち疾患ないし障害と称するつもりはございませんので予めご了承置き下さい。
 
 また、最終話の松永謙太郎が歌う歌は平原綾香さんの「Jupiter」(03年)からのものです。


すべてのひとに
ハッピー・メリー・クリスマス


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実現しない現実 第一話



松永謙太郎 様
○あなたは 2002 年 11 月 22 日に、 C 病棟 317 号室に入院されました。
○診断は以下のとおりです。  
 うつ状態
○診療の方針、療養上の留意点は以下のとおりです。
 環境を変え、のんびり過ごして下さい。
 採血・胸部X線等 身体の一般的な検査をします。
○予想される入院期間は以下のとおりです。
 2ヶ月
(医療法人 T会 S病院 松永謙太郎(15歳 M 2002.11.22 入院)の診療計画書より抜粋)


 膠の中を泳ぐようだ。自分のまわりに膜が形成され、外界との接点は間接的なものに思えた。僕という存在は膜の中にいるが、膜が入れ子構造になっていた。というに、自分を自覚するのに手間取って、僕が指を動かしても「僕が僕の指を動かした」と知覚しにくい。映画を見るように現実は非現実的だ。

 僕は薬を飲んだ。バファリンを飲んだんだ。頭が痛かったからじゃない。バファリン、風邪薬のコンタック、心療内科で処方された抗うつ薬。死ねなかった。コンタックの赤と白の粒は、赤が遅れて溶けるのだなと便座に顔をうずめながら思った。ひどい気持。心療内科の医師と相談し、僕は入院を決めた。精神病院に、だ。現実味はやはりなく、薬を飲んでも何も変わらなかった。


小学校高学年より不登校の兆しが見られ、中学校1年生の冬季休業を機に完全に不登校となる。同時期に心療内科に通院し薬物療法を受けていたが、入院を希望。overdoseによる自殺企図の既往あり。言語に障害はなく、疎通性は保たれている。論理的思考に傾倒し、強迫的な思考の固定が見られる。離人感を認め、現実検討をしないまま自傷行為で実在を確認する。入院加療には本人の強い希望でもあり意欲的。
(松永謙太郎のアナムネを元に担当医が作成(抜粋))


 煙草を吸いはじめたのは14歳のとき。ちょっとした好奇心からと、自棄っぱちになっていたから父親のセブンスターをこっそり吸った。それはどんな精神安定剤よりも僕を安らかにしてくれた。僕に煙草は合うようだった。むせることも気持悪くなることもなく、苦しみも楽しみも寄る辺なさも、全部煙に巻いてくれた。入院初日、院内の自販機でエコーを買う(まだタスポは導入されてなかった)。以後ずっと吸い続けた。気のいい小父さんがライターをくれた(僕は持っていなかった)。

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実現しない現実 第二話



 かの女も煙草をよく吸っていた。5ミリとか3ミリなどといった軽い煙草を日に何箱も吸い、煙を吐くときは頬を膨らませ、ふうっ、と吹くのが好きなようだった。「きのうは4箱吸ったんよ。ふっ。吸いすぎだねぇ。ピース。チョコレート味」

 違うよバニラフレーバーだよ、とかれはさも得意げに言った。わたしよりは煙草に詳しいらしい。しかしそのことがかれの年齢と立場から鑑み、何ら誇りにならないことには無自覚らしい。年相応といえた。これはかれの病棟であるC棟の談話スペースで話していた時のことだ。袖を捲くり前腕の切り傷をかれに見せてあげた。わたしは切りたいから切ったんじゃない。そうするよりなかったのだ。この心理は今になっても了解しがたいが、それでも切っている間は苦しみを忘れることができた。傷は深い方がいい。痛みなんて感じない。かれに話しかけたのはわたしからだった。「ねえ、話しない?」。


高校2年生の時に恋人と別れたのを機に、神経症圏の症状が顕在化(紹介状参照)。家庭内不和もあり、寄る辺なさから身近な男性にほとんど無作為に愛着行動をとるようになる。安定した対人関係は築けず、また対人において、相手へ自分の関連付けを確認したがる。しかしその関係のどれにも満足できない(アンヘドニアの疑いを認める)。幼少期にMoから虐待を受け、Moを愛しているが同時に敵視していると話す。Faへは異性愛に似た感情を抱いている。Wrist cutなど自傷行為を繰り返し、破傷風、敗血症などに注意を要す。他の患者に対し操作的行動をとることがあり、トラブルのないよう看視する。Drの方針通り、無理な要求は通さないこと。
(中西麻里子(18歳 F 2002.11.2 入院)のアナムネ、看護計画より抜粋)


 精神病院、いやそもそも入院自体が初めてだ。緊張のため催眠薬もちっとも効かず、しばらく暗いロビーで煙草をふかす必要があった。「ねえ、話ししない?」と、いきなり誘われる。明かりを落としたロビーではよく見えないが、年上の女性だ。不眠症仲間がいてよかった、その時はそう思った。かの女とC棟の談話スペースに移動した(かの女が一般的に言って綺麗だったためもある)。何を話したのだろう。かの女は頬笑んでも目は笑わない。それが強く印象に残っている。いや、それが気にかかった、といったほうが正確だ(その後調べるうちに薬の副作用で表情の欠如が現れると知る)。

「へえ、うつ病なんだ。わたし、もうすぐ退院なの。松永君も短期の入院でしょ。連絡取りたいから電話番号教えてくれない」とかの女はいった。少したじろいでメアドはないの、と訊いた。携帯もパソコンも持っていないんよ。そう。じゃあ退院するときに教えるね、とお茶を濁した。失敗だった。その後、かの女との連絡手段を自ら絶ってしまったことを僕は後悔するからだ。

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実現しない現実 第三話



 この日も夜だった。入院して3週間ほど経ったころだ。入院生活にも少し慣れ、煙草を吸うととんでもなく出費がかさむことを知ったころ。4人部屋の病室の前でかの女が僕を手招きし(僕は本を読んでいた。うつ病患者の手記だ)、僕が近づくと抱きついてきた。何だ、何なんだ。思考停止状態でこわごわと抱き返した。かの女は細かった。胸が押し当てられる。頭の奥がちりちりする。数秒抱き合っただろうか。ついて来て、と言われたのでそうした。

 2階B棟の食堂へ行き、「あんたでしょ。わたしの財布盗ったの」と、かの女はテレビを見ていた中年女性に詰め寄った。「なんでそういうこと言うのよう……違うって言ってるのに」
 
 わたしは証人としてかれに立会してもらうことにした。この婆はおかしなことを言う。わたしの財布。どこに消えたのか分からないけど、この婆が持っているに違いない。わたしの財布。

 かの女の財布、か。あまり興味深い事柄ではないし、いちいち自分の発言に同意を求めるようなかの女の目に苛立った。だいいち、これはスタッフさんに言う事じゃないかな。とは言えなかった15歳の僕は、とにかくこの状況を長引かせるべきではないと判断する。かの女の腕を引っ張って強引にC棟の談話スペースに行った。煙草を吸い、違う番組(財布を盗まれたと責められた女性はテレビショッピングを見ていた)でも見ようと1階A棟にある、24時間開放の談話室に誘った。


S(省略)
O
C317の松永謙太郎さんが外出時に購入した酒を一緒に飲む。松永さんに親密な行動をとる。A112の山岸貴子さんに財布を返せと迫る。
A
松永さんを価値化している可能性がある。2002.10.28の伊上春香さんの退院で拠り所を失っていたところへ、伊上さんと同じく年の近い松永さんが入院したためと思われる。財布の件は、物盗られ妄想か松永さんの気を引き付けたいのかもしれない。 
P
松永さんの担当Nsに荷物検査、強制退院などの警告を発することを提案する。Ex.)「今すぐ捨てれば強制退院はさせない」。中西さん本人に時間を取りDr(ないしNs)が面接する。
(中西麻里子(前掲)12月14日の看護記録より(抜粋))


 15歳という年齢には明らかに無理な背伸びをしているのに自分では気づいていない。髪をかきあげるのが癖のようだった。わたしと同じ黒い髪は入浴が週3日と定められているのでやや脂っぽい。こっちの一挙一動に翻弄され、苦し紛れに髪をかきあげるのがちょっとださい。しかしわたしはかれを使って人形遊びをしているのではない。試しているのでもない。わたしを受け入れてほしいだけだ。そんな単純な欲求が病気と見なされる。ひどい。

 優しかった山岸の婆さん。わたしは死んだお祖母ちゃんに重ね合せて仲良くしていたのに、最近はテレビばかり見ている。間もなく山岸は急に冷たくなり、あまつさえ盗みを働いた。こんなことってあるか。

 かれに無理やり連れられ1階の談話室(24時間開放の部屋だ。消灯後はエアコンが医局で集中管制になるので寒いことこの上ない)で、わたしと松永君は9時からの映画を見ていた。途中でおっさんが入って来て写経をはじめた。「あれ、おいしかったよ。また飲みたいなあ。あのね、さっき詰所に行ったら顔赤い、お前匂うぞって言われちゃった(写経をしている筆ペンが止まる。おっさんはわたしたちをちらちらと見ている)。でね、松永君と飲んだって看護師さんに言っちゃった。でも酔ってたんだからしょうがないでしょ?」

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実現しない現実 第四話



 かの女は故意犯なんだろうか。それとも試しているんだろうか。この時はかの女のことが好きではなかった。この時は、というに、退院してからS病院を懐かしむようになって、かの女にまた会いたいと思ったからだ。かの女と一緒にいる時に僕は翻弄されっぱなしで、離れ離れになってから恋慕を抱く。
 学校は今でも嫌で、もう二度と行くつもりはなかった。それなのにかの女とは、また会いたい。それは思い出の美化でままあることだとやがて知る。

 省みるにあの時はどうかしていた。内因反応だと一応診断は下されていた。今でも診断名はころころと変わり、いったい何がわたしの病気なのかわからない。今は比較的うまく病気と付き合っている(とはいえS病院には3度入退院を繰り返したが)。結局、病気を異物として否定し排するのは、ひいては自分への強い自己否定につながるし、ある程度は容認することに決めた。それが楽な苦しみ方だ。

 わたしには経血を流すがごとく、なお定期的にリストカットする必要があるらしい。方法自体は異常かもしれないが、それしか知らなかった。

 12月に退院したのち、病院に電話してC棟の詰所を出してもらった。かれと何度も話をしたが、状態が悪いのか苛立っているように聞こえた。2月に電話した時は「松永さんは退院されました」と告げられた。

 入院時当時はわたしを認めてくれるひとをさがしていた。今のわたしには一応の分別はある。自分の支配下にないひとでもわたしの望む行動をとることもあった。わたしは関係していることをいちいち確かめずに済む関係があった。1浪して入学した大学で、恋人ができたのだ。恋人は年上で、父のように大らかで、母のように気が利いた。バイトも覚えることがたくさんあって忙しいが、ひと頃より確実に充実している。

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実現しない現実 第五話



 S病院に勤務するそのカウンセラーは手紙を受け取った。中にもう一通、手紙があり「中西麻里子様」とあった。松永謙太郎からだった。添え状では中西に渡すよう依頼しており、松永本人の住所はどこにも書かれていなかった。守秘義務がある医療者は、患者の情報はどんなに親しい友達にでも絶対に教えられない。連絡先の分からない患者友達は往々にしてこういった手段をとる。ずる賢いが、仕方ないといえば仕方ない。が、カウンセラーは精神科という特殊な環境の馴れ合いから脱却できていない松永のことを憂いた。不登校、引きこもり、そして縊首自殺を企図。精神科病院と救急病院で青春の大切な時を送った松永は前思春期の挫折を獲得できただろうか? 無論、添えられた手紙に何がしたためられているのか分からない。あの頃とおなじような晩冬、心理士は再々入院してきた中西麻里子に松永謙太郎からの手紙を渡した。中身の私文書は私文書であり、開封を立会いのもとでさせることはできるが、没収するのは難しい。

 こんなことがあった。最後にS病院に入院したときに松永謙太郎に渡すように言付けられたとして、心理士から手紙を受け取った。署名を見ると書いてから1年近く経っている。あれから、いつものようにC棟の詰所に電話をかけたら松永さんは退院されました、といわれてから2年後の春に書かれている。よろしければ連絡ください、とあった。

 手紙を出したのは2005年の3月。突然の退院(敷地内で首つり自殺を図って救急病院に担ぎ込まれた。ひどい退院の仕方だが、手紙ではそれは伏せて、ある事情で、と書いた)を詫びた。また、あのころは調子が悪く、かの女からの電話の対応が不味かったと思ったので重ねて詫びた。でもそんなものは口実に過ぎない。無理とは分かってはいたが、どうしても会いたかった。
 かの女を何度夢見たのだろう。その朝には自失とも恍惚ともつかぬ気分で目覚め、夢の中であってもかの女に会えた事を喜んだ。

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実現しない現実 最終話



 ひとは自分に都合の悪い記憶は忘れようとする。写真を選り好みするように、気分のよい記憶のみを反芻し、思いは事実と乖離してゆく。アルバムにはきれいな写真しか残らない。分かっている。あのころは確かにかれに愛着を持っていた。わたしを受け入れてくれると思っていた。かれからの手紙は受け取って1週間ほどしてから開封した。

 だが、あの頃のわたしと今のわたしは違う。あの頃のわたしは本物の病気で、かれには悪いことをしたと思っている。それなのにかれから手紙が来るなんて。わたしは過去と訣別したかった。今のわたしは日々よりよいわたしになっている気がする。当時の幼稚なわたしを反面教師とすることはあっても、懐古趣味に耽溺したりはしない。かれには申し訳ないが、昔のわたしを掘り返すのは気が引けた。あれから9年近く経った。わたしももう26歳、かれも23、4歳。もう大人だ。思い出を大切にすることと感傷にひたるのは違う。ふたりとも将来がある。振り返る余裕は、ない。

 クリスマスには恋人といかにもお定まりといったデートをした。テーマパークで人ごみにもみくちゃにされながら恋人はずっと手をつないでくれた。「星がきれいだね」と恋人が呟き、わたしは「今この瞬間に何人のひとが星を見てるんだろね」と空に向かって言った。この星を見上げるのはふたりで十分だと恋人が言った。
 
 かの女にすでに手紙が渡っていることを人伝てに聞いた。それは切ない思いを生じさせたと同時に、なぜかの女は連絡しなかったのだろうと僕に考えあぐねさせた。愚かだった。昔のかの女はもういない。僕の思い出の中にのみ存在するかの女とは連絡の取りようがない。思い出は現実だが、実現はしない。そんな簡単なことに気づくと無力感に襲われた。
 
 職場のシングル同士で気楽な飲みに出かけた。クリスマスが休みなんて、仲間と飲むしかないないじゃないか。1軒目で早くも酔いが回った僕は空を見上げた。名前も知らない星座がいくつもある。この星座のすべてに名前を付けたのだと思うと、先人たちの視力に敬意を表したくなる。田舎だから星もきれいなのだ。こんなゆっくりとした美しさには都会に住んでいたころには気づかなかった。

 不意にかの女を思い出した。何年ぶりだろう、僕の意識にかの女が存在するのは。かの女も会社の同僚や、同窓生や、恋人と酒を飲んで星を見ているのかもしれない。今、この瞬間に。僕らの道は再び交わる可能性は限りなくゼロに近い。でも、この星空のもとにかの女は、僕の知らない姿になったであろうかの女は現実として実在している。きっと幸せなのだろう。そう願うことがかの女のためであり、自分のためのような気がした。「Every day I listen to my heart ひとりじゃない――」かの女と唯一の接点である空に向かって僕は歌った。

――了

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