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いつかあいまみゆるために

The Reunionest

   

実現しない現実 第二話



 かの女も煙草をよく吸っていた。5ミリとか3ミリなどといった軽い煙草を日に何箱も吸い、煙を吐くときは頬を膨らませ、ふうっ、と吹くのが好きなようだった。「きのうは4箱吸ったんよ。ふっ。吸いすぎだねぇ。ピース。チョコレート味」

 違うよバニラフレーバーだよ、とかれはさも得意げに言った。わたしよりは煙草に詳しいらしい。しかしそのことがかれの年齢と立場から鑑み、何ら誇りにならないことには無自覚らしい。年相応といえた。これはかれの病棟であるC棟の談話スペースで話していた時のことだ。袖を捲くり前腕の切り傷をかれに見せてあげた。わたしは切りたいから切ったんじゃない。そうするよりなかったのだ。この心理は今になっても了解しがたいが、それでも切っている間は苦しみを忘れることができた。傷は深い方がいい。痛みなんて感じない。かれに話しかけたのはわたしからだった。「ねえ、話しない?」。


高校2年生の時に恋人と別れたのを機に、神経症圏の症状が顕在化(紹介状参照)。家庭内不和もあり、寄る辺なさから身近な男性にほとんど無作為に愛着行動をとるようになる。安定した対人関係は築けず、また対人において、相手へ自分の関連付けを確認したがる。しかしその関係のどれにも満足できない(アンヘドニアの疑いを認める)。幼少期にMoから虐待を受け、Moを愛しているが同時に敵視していると話す。Faへは異性愛に似た感情を抱いている。Wrist cutなど自傷行為を繰り返し、破傷風、敗血症などに注意を要す。他の患者に対し操作的行動をとることがあり、トラブルのないよう看視する。Drの方針通り、無理な要求は通さないこと。
(中西麻里子(18歳 F 2002.11.2 入院)のアナムネ、看護計画より抜粋)


 精神病院、いやそもそも入院自体が初めてだ。緊張のため催眠薬もちっとも効かず、しばらく暗いロビーで煙草をふかす必要があった。「ねえ、話ししない?」と、いきなり誘われる。明かりを落としたロビーではよく見えないが、年上の女性だ。不眠症仲間がいてよかった、その時はそう思った。かの女とC棟の談話スペースに移動した(かの女が一般的に言って綺麗だったためもある)。何を話したのだろう。かの女は頬笑んでも目は笑わない。それが強く印象に残っている。いや、それが気にかかった、といったほうが正確だ(その後調べるうちに薬の副作用で表情の欠如が現れると知る)。

「へえ、うつ病なんだ。わたし、もうすぐ退院なの。松永君も短期の入院でしょ。連絡取りたいから電話番号教えてくれない」とかの女はいった。少したじろいでメアドはないの、と訊いた。携帯もパソコンも持っていないんよ。そう。じゃあ退院するときに教えるね、とお茶を濁した。失敗だった。その後、かの女との連絡手段を自ら絶ってしまったことを僕は後悔するからだ。

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